2010/08/23

「科学的ではない」科学の本。


『科学との正しい付き合い方』内田麻理香
[18/140]bk1
Amazon ★★★★
K-amazon ★★★

科学の「中」にいる著者が、敢えて、その立ち位置に対して疑問を投げかけた本(と解釈)。テレビの「科学」番組にも出演している(見たことはない...)著者が、特に最近の「科学関係者のグループ化」に対して、「科学と社会との溝」に対しての疑問を投じる。自分自身、「科学」については(シンプルな)興味がアタマを持ちあげつつあるが、「専門家」グループの排他的、(いい意味ではないところの)「宗教化」というのは、なんとなく感じていることだけれども、あまりネガティブな感情は持っていない。著者が気にしているところ=科学の発展に対し、国単位で、その「技術」向上が叫ばれている中で、排他的行動がプラスに作用しないのではないか=というのは、「中」にいる人からの勇気ある提言として捉えられる。「気にしていない」のは、おそらく自分の中で、「科学者は自分とはそもそも異なる」という前提条件が既に植えつけられてしまっているから。もはや「科学者」になるようなことも考えにくいし、「マニア」にすらなれるとは思っていない。ただ、「社会に当たり前に存在する」科学に対するシンプルな興味だ。
なので、個人的には、科学に対する「アレルギー」を感じていることはない。一方で「科学者」に対するそれは、やっぱり感じていたりするけれども。「事業仕分け」の際に、科学振興への削減に対する抵抗として、「スパコン世界1位となるべし」主張を不変のものとし、「世界2位ではなぜいけないのか」という質問に対しては、理屈ではなく感情で抵抗した、という件。このあたりが「排他的」であり、「宗教的」である、と著者はいう。
まさしく。どうも「科学者」先生たち(「マニア層」含む)は、「一般の人たちは知識がない」というところでその先(それを「知らせる」)の考えを持たないようだ。逆説的にではあるが、そうだろうなあ、というのがこの本を読んで確信できたかも。ただ、彼らは彼らで、変わらないだろうね。そんな「社会との溝」がそもそも存在する、という前提で、著者の主張する「媒介者」の必要性が増すのかもしれない。
270ページという(意外な)長編のなか、その主張を一貫して貫いている。「科学技術」というよりは、「科学」そのものに対して、偏見を持たないでね、という主張のよう。少なくとも「科学的な思考法」は必要だよ、という主張=つまり「疑う」こと=はある意味、読んでプラスだった。「わからないことをペンディングにする」ことが科学的思考法のひとつ、というところは、わかっていいるけど「文系的発想」ではなかなかハラに落とせないところだけれども。
少なくとも、「科学」に対するイメージが損なわれることはない。著者の「科学」に対する思い、これがストレートに伝わってくる部分は気持ちよい。「中」にいての苦言、提言、これってすごいことだよね。著者自身のファンにはなれそうな。他の本も読んでみたい。

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