- 卒業ホームラン―自選短編集・男子編 (新潮文庫)
- 発売日: 2011/08/28
『卒業ホームラン』重松清
[8/215]bk1
Amazon ★★★★☆
K-amazon ★★★★☆
なんとなくうまくいかない。気が付いたら何かが足りなかった。そんな環境の中、大事なものに気がつく主人公...すべてに共通するのは、「人間関係」「コミュニケーション」。
著者が、震災からの復興に役立てるものは...と考えて選んだ短編プラス新作、合計6編から成っています。主人公は小学生、若者。将来への夢を持ちつつ、夢を持たない、という選択肢も持ちつつ...複雑な環境に置かれた主人公たち。両親の離婚、再婚、死別、或いは肉親の入院。さまざまな環境ですが、「複雑な」と考えるのは大人たちの方ばかりのようです。子供の順応性は、「あたりまえ」のこととしてその「複雑な」ものを受け入れているところもあります。
表題作の「卒業ホームラン」が最も印象深い。自ら監督を務める少年野球チーム。そのチームに入った息子は補欠のままだ。そのチーム最後の試合、あきらかに「野球の能力」が劣る息子を試合に出すのかどうか。息子が入れば誰かが抜ける。監督と父親の間で揺れる感情。
「がんばれば、何かいいことがあるの?保障できるの?」
という娘の問いに答えられない父親。「がんばってきた」息子に「いいこと」を見させてあげなくていいのかどうか...
葛藤の中、「監督」はひとつの決断をする。そしてそれでも「がんばる」ことを続ける息子。
がんばってもいいことは保障されない。でも、いいことが起きるのは、「がんばる」からそれへの挑戦権が得られる。がんばってもだめかもしれない。でもがんばらなければ何も生まれない。
そんなことって、これまで生きてきた中で、経験したことかもしれない。すでに会得しているものかもしれない。でも、当然にように、「結果」だけが求められるのが「大人の社会」であるような錯覚に陥りがちで、プロセスを評価しなくなることがある。結果さえよければそれでよし...表面的にはそうなのかもしれないが、結果に至るプロセス、すなわち、「がんばったかどうか」は、大人の社会だろうと大切なことにはかわりない。何もせずに「結果」がでることはない、というのは大人であろうが子どもであろうが同じだから、だ。
そんな「忘れていた心」「忘れていた思い」が、本書の物語の中にあった。
そして、物語全編を通して、私たち読者が得られるもの。震災で今でも苦労されている方々、震災以外でも苦しい思いをしている人たち、普段通りの生活ができる環境にある自分たちも、同じ日本人、同じ人間だから...いっしょに頑張りましょう。きっとその先に「夢」や「希望」があるから。
【ことば】振り向いたパパは、くしゃみをする寸前のような顔で、笑った。
絶妙な表現です。娘、息子が、自分が思っているよりも「大人」になっている、と気づいた時、特に父親はこんな表情をするのです。子供はいつまでも自分の手の中だけにいるわけではないし、社会との接点も少しずつ広がって、そしていろいろな壁を自ら乗り越えて、成長していく。その「成長」が嬉しくもあり、さびしくもあります。でも、頑張ってる姿はいつも応援しているんだよ。
卒業ホームラン―自選短編集・男子編 (新潮文庫)
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