2012/01/08

愛すべき「数学者」と、そこにある「静かな」空間

博士の愛した数式 (新潮文庫)
博士の愛した数式 (新潮文庫)
  • 発売日: 2005/11/26

『博士の愛した数式』小川洋子②
[3]BookOff
Amazon ★★★★☆
K-amazon ★★★★☆


数字を愛する、数字にしか興味を示さない老数学者と、そこに勤務する家政婦、その息子。登場人物は少なく、「語り手」の家政婦ではなく、数学者が主役のストーリー。
事故により「80分」しか記憶が残らない数学者。そこに派遣された、息子を持つ30前の家政婦。特殊な環境は「文学的」ともいえる設定で、「不自然さ」が出てきそうだけれど、読んでいるうちに「世界」に引き込まれてしまいます。平凡な「日常」が続き、大きな「事件」はおきませんが、続きが気になってしょうがなくなっていきます。

よくある展開のように、「数学者」はかなり「特殊」に描かれています。人との接点がなく、異なる世界観を持っています。「普通の」人間である家政婦は当初はやりにくさを感じますが...
確かに「変わり者」の数学者=博士ですが、読み進めていくにつれ、その「純粋さ」が際立ってきます。そその「特殊」は、どれだけ「純粋」であるか、ということと表裏一体です。自分には無縁の世界観ですが、数学の「美しさ」を追求すると、余計なものを排除した「本来」のものに到達するかのようです。

博士の持つ、数学に対する美学は、次第に家政婦やその息子へも「よい」影響を及ぼしていきますが、それは数学それ自体が持つ魅力というよりは、そこに魅入られた博士の純粋さに打たれたことによるものでしょう。博士が「素人」である彼らに説明する際、否定的な言葉は使いません。「知らない」人に対してもそれを受け入れる度量が博士にはあります。

変人でありながらも不思議な魅力のある数学者。「80分」しかもたない記憶。それでも博士は「優しい」のです。人間関係を描くドラマはここにはありませんが、博士の魅力だけで十分に楽しめます。温まります。

数学者を描きつつも、プロ野球がストーリー中の大きな要素となっていたり。かなり専門的な数学が登場するも、文学的な香りを失うことはなく。登場人物をかなり抑えていますが、少ない分、一人ひとりが個性的であり。そもそも相当な事前準備(こと、数学に関しては)が必要だったのでは、と推測される著者の思いこみの深さに感銘を受けたり。

素晴らしい本です。「文学」が苦手な人でも、「数学」が苦手な人でも、この世界に入り込めます。両社苦手である自分が、完全に入り込んでしまったことが、なによりも「証明」。
読んだ後はなぜか博士のことを、数学のことを、思い出しています。力がある小説です。すごいなー


【ことば】「直感は大事だ。カワセミが一瞬光る背びれに反応して、川面へ急降下するように、直感で数字をつかむんだ」

非常に「文学的な」数学者の言葉ですが、ここにこの数学者の魅力が詰まっています。「直感」は、ひとつの真理を追い求める数学となにか相反するもののように思えますが、直感の重要性を大切にする博士はやはり人間的に魅力を持った人物。自分の記憶に残る人物に、小説になりそうです。

博士の愛した数式 (新潮文庫)

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