- 行儀よくしろ。 (ちくま新書)
- 発売日: 2003/07
[4/107]BookOff
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K-amazon ★★★★☆
いわゆる「教育論」であるが、巷にあふれている内容ではない。「教育論」としてありがちなのは、「ゆとり教育」への批判であるとか、教師の「質の低下」とか、専門家の方々が口を合わせて批判している場面によく出くわすけれど、著者のいう、「本当にゆとり教育が原因ですか?」とか「教育を学校に投げっぱなしではないですか?」というテーマは、学校に行く世代の子供を持つ親としても、非常にしっくりくる話である。国の教育方針が...とか言われても、だからどうする、っていう議論がほとんど見られず、専門家が持論を展開するだけ(教育の分野だけではなく、「専門家」はこうあるべし、みたいな全体的な風潮は、ある。悲しいけれど)。本来自分の子を「育てる」のは学校に依存するものではない、家庭での教育(学問だけではない)は学校でのそれよりも上位概念ですらある、という気持ちも持っている。
前半は、「こどもを育てる」ということに対する本質的なところを説き、後半は、より上位概念である「社会、文化が子供を育てる」と広がっていく。範囲が広くなるにつれ、抽象的なイメージになってしまうけれども、「社会、文化」という重要性は、読んでいてそれに気付かされたところも多い。そしてそれら=社会、文化を「美しく」していくのは、そう、「大人」の責任である。本を読まない親が、子供が本を読まないことに悩む、という事例に象徴されるように、子供は大人たちが作った社会の中で育っていく。大人が本気で、真剣に取り組んでいる姿にこそ、教育の本質があるわけだ。
これはマスメディアによる情報露出だけにとどまらない。もちろん、政治家の無責任な言動や、凶悪犯罪といった「よろしくない」姿が露出されることはマイナスであるけれども、メディアの報道姿勢も問われるわけだよね。そして何より一番近くで接する大人である、親、学校の先生。自分たちの姿勢が、子供たちに大きな、深い影響を及ぼすことを改めて自覚する必要はある。
なによりも、子供たちにどうなって欲しいのか。愛情をもって接すること。彼らのことを真剣に考えること。それにあたっては自分たちの行動に責任と自信を持つこと。あたりまえだけど、できていないこと、あるんだなあ...
著者の「読ませる」文章は、見事にハマりました。ビンビンと伝わってきます。ちょうど読んでいるタイミングと学校の運動会が重なりましたが、子供たちの真剣なまなざしを近くで感じて、「大人」として何をすべきか、どう行動すべきか、考える機会となりました。何歳であろうと子供がいる家庭の方、一読をお勧めします。
【ことば】教育とは、次世代に文化を伝えることだと思う...伝えるべき我々の文化について...ちゃんと守れているのだろうか...
敬語の使い方、とか電車内での振る舞いとか...これも「文化」です。先人達が作り上げてきた文化、その文化の本質(なぜ大切にすべきなのか)を取らまえて、変えてはならないところ、変えるべきところを見極めたい。大事な「次世代」だから。
行儀よくしろ。 (ちくま新書)
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