2011/11/23

シンプルだけど、独特の世界観に浸る時間。

太陽のパスタ、豆のスープ
太陽のパスタ、豆のスープ
  • 発売日: 2010/01/26

『太陽のパスタ、豆のスープ』宮下奈都
[16/203]Library
Amazon ★★★★☆
K-amazon ★★★★☆

ぎりぎりの段階で婚約破棄された主人公・明日羽(あすわ)の、下ばかりを向いている視線が、前を向けるようになるまでの物語。要は失恋からの立ち直りの話で、脇役として登場するのは、家族、友人。これだけ見れば「よくある話」であり、テレビ化されようもないシンプルなストーリーである。
主人公の気持ちが最優先されていて、脇役たちはあくまでも「あすわ」に絡む場面のみで彼らの描写はない。通常なら抑揚のない展開に飽きちゃいそうだけれど、あすわの心理変化の描写や、そのキャラクターの魅力が読み進めるにつれて増してきて、気がつけばこの小説の世界に浸っていた。ちょっと個性のある友人、伯母が、立ち直りのきっかけを与えてくれる。そこは「言葉」ではなくてツールだったりする(やりたいことのリスト)んだけど、ツールにしても言葉、態度にしても、あくまで「きっかけ」であること、自分を変えられるのは、結局は自分しかないことに気がつく。当たり前のことだけれど、それに気づかないような精神状態に陥った時、「リスト」などのヒントが後押ししてくれる。
すべてがうまく回っていないような気持ちになる時って、恋が破れた時だけではなく、人には訪れることがある。自分が社会の中で孤立しているような、自分の存在ってなんなのかって思う時が。その時に支えてくれるものに気がつかない、ってこと、あるよね。そしてそれを脱した時にその支えに気づく。そしてそれに対して心からの感謝の気持ちを持つことで、一回り大きくなっている自分に気づいたりする。それが多分「成長」ってことで、子どもも大人も関係なく、こういう体験を積み重ねることが、人としての厚みを増すことなんだろうと思う。
そこまで大げさな話ではないんだけど、「あすわ」がひとつの試練を乗り越えて、魅力的になっていく姿を見ていくのは、なんだか気持ちのいいものだった。「自分には何も自慢するものがない」「(履歴書に)志望動機は書けるけど、自己PRが書けない」そんな彼女が、「何か」を見つけようと考える。「見つけよう」と考えることで、彼女は大人になっていた。
 そしてさらに「サブ」的に「家族」が登場してきますが、それがまたいい「味付け」になっています。母、父、兄。直接言葉では言わないものの「あすわ」を本当に愛している姿。家族だからこそ「直接言葉」でないところでつながっている温かさを感じます。
読後には、もっと読んでいたい。もっと「あすわ」を見守りたい。気になってしょがなくなりました。 なんでもないストーリーで温かくなれる。同い年の著者に敬意。「何も自慢できるものがない」自分も、それで終わるつもりはないのだ。

【ことば】からまって、こんがらがって、がんじがらめになっていた私を縛る糸がゆるゆるとほどけていく感触がある...よく見れば糸の端っこを握りしめていたのは私の手だ。

 周りが見れず、自暴自棄になってしまう時、その原因は実は自分にあったりするのかもしれない。そんなとき一歩引いてみるようにできれば、と思う。「ありのまま」を見るのはそれだけ難しいのkだけれど。自分を変えなければ、自分の目から見られる世界は変わらない。

太陽のパスタ、豆のスープ


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空飛ぶさかな文芸部
日々の書付


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