2011/11/20

戦(いくさ)も情報戦だった?

哄う合戦屋
哄う合戦屋
  • 発売日: 2009/10/07

『哄う合戦屋』北沢秋
[14/201]
Amazon ★★★★☆
K-amazon ★★★★☆

久しぶりの「歴史」もの。武田信玄が頭角を現す時期の、小豪族の日常。そこに現れた軍師。類稀なる軍才を持つ石堂一徹の登場により、遠藤家は勢力を一気に拡大する。それまで夢にも描いたことのないようなスピード、戦略によって、領土を広げていく。拡大途上では全面的にその軍師に信頼を置いていた「殿」も、そもそもが「大大名」になることを想定していなかっただけに、その興味を失い、次第には一徹と相いれなくなり...
ストーリーは至ってシンプル。はぐれ者の主人公、田舎の豪族、想定される敵、主人公に憧れる美しい娘...わかっちゃいるけど、っていう展開だけれども、ストーリーは素直に「面白い」と思えるものです。普段歴史ものに触れない人でもすんなり受け入れられると思われるほどに。
とにかく主人公のキャラが際立っています。目の前の戦、領土、論功行賞などに目を向けず、あくまでも「天下」を見据えています。一人きりの身でありながら、その才能に自覚を持ちながら、それに奢ることなく、より「大きな目標」に向けて、すべての行動がなされている。対して、「殿」は短期的な視点であり、また内側に目を向ける(外交よりも内政)傾向があります。これはこれで「正解」と思われますが、最終的なあるべき姿、カタチがイメージできていませんね。当時の領主であれば、それで十分であったであろうし、中長期的なプランなど立てることができないほど「乱世」であったのであろうと思います。
新参者が組織の中でのし上がり、トップの関心を惹き、それまでのナンバー2が面白くない気持ちになる。その新参者があまりにも急激な変革をもたらそうとしたために、保守的なその組織は徐徐に彼を排除するような流れになる...戦国の世も、現代も、何も変わっちゃいませんね。どこでもおんなじようなことが起こっているようです。「上」の目を気にすること、つまり論考のための戦い方をする者、改革をつぶそうとするもの。もちろん小説である故、意識的なところはあるにせよ、その姿は現代の「旧態依然とした」組織となんら変わりません。
当時は「間者」と言われたような、いわゆるスパイですが、情報戦の大切さも分かっている者は少なかったようです。が、本書や或いは「真田太平記」などでは、情報の重要性が取りざたされています。手段がなかった当時でも、少なからずこれは真実でしょう。相手の動きをいち早くキャッチすつことのできた者が優位に立つ。これも変わらないことかもしれません。
戦国の話ですから当然ですが、人がどう考え、どう動いているか、という、人間に関する描写が魅力的で引き込まれました。少々のイロコイも物語に色を添えています。時代モノもたまにはいいなあ、と思いますが、史実モノよりも人物モノの方が、やっぱり魅力的、ですね。

【ことば】全員が持ち場持ち場でそれぞれの役割を完璧に果たしたからこそ、あの勝利があったのだ。皆の働きに優劣などない。

敵方の奇襲をいち早く察知し、逆にこちらからの奇襲で蹴散らした戦略。当時は相手方大将の首級をとったものが、そのもののみが論考の対象であったのだろうが、軍略家たる一徹の上の言葉は情報を仕入れた者から、城を守った市民までも対象に考えているものだ。なんとなく「元会社員作家」っぽい感じだけれど、こういうのって理解されなかったんだろうね、現実には。今だって完璧に理解されているわけではないかも。サッカー日本代表とか、くらいかな、数字に表れない評価が明確にされるっていうモデルは。

哄う合戦屋


  >> 本書の書評、見つけました!いろいろな意見、読み方があってもいいですよね <<

outrageous 傍若無人な読書日記
nori いろいろ感想ブログ

早トチリ感想文BOOKS 

0 件のコメント:

コメントを投稿

Twitter