2011/07/25

偉大な演説には、練りに練られたストーリーがある。

あの演説はなぜ人を動かしたのか (PHP新書)
あの演説はなぜ人を動かしたのか (PHP新書)
  • 発売日: 2009/10/16
『あの演説はなぜ人を動かしたのか』川上徹也④
[16/138]BookOff
Amazon ★★★★☆
K-amazon ★★★☆☆

広告を始め、発信するメッセージに「ストーリー」があるべしと説く著者が、「伝説の」演説を解説します。その政策の良しあしとは別の次元で、時の為政者が語る「言葉」によって、人が動いた現実を分析。必須とも思われるキング牧師、ケネディ大統領はもちろんですが、小泉首相の「郵政解散」や、オバマ大統領も登場。確かに、その現実性、実現性や、後の評価は別として、「その時」=その演説がなされた時は、その言葉に心を動かされ、自分も「行動」する意識が高まります。この人(を選ん)でよかった、という自己承認も含めて。
著者は専門家らしく、そこにストーリー性であったり、「人をうごかすストーリーに必要な」要素が組み込まれていることを確認、それゆえに「人を動かした」と分析します。曰く、「何かが欠落した主人公」が「遠く険しい目標」に向かって、「乗り越えるべき障害」を克服していく姿勢、という3要素。確かに小泉さん、オバマさん、それを確実に盛り込んでいますね。環境という点で比較すること自体が困難ですが、冷戦時代のケネディや、金融危機時代のルーズベルトなどは、まさにそれらによって「動かした」感じです。
もちろん、それらの要素を盛り込むテクニックが必要だとは思いますが、根底にあるのは、彼らがその「険しい目標」に対して、なぜそこに向かうのかという理由、そしてそこに向かっていく情熱、これらが垣間見られることがかなり大きな「要素」かと思われます。古い時代はわかりませんが、「ライブ」で見た小泉首相は、そこ=熱さ、が違っていました。個人的には郵政事業に対しては、何にも思いれがありませんし、それが争点にはならなかったのですが、彼がその後の首相(その前もそうですが)と圧倒的に異なるのは、「本気度」ではないかと思います。「こだわり」や「思いこみ」といった言葉にすると、一国の総理としてそれによって行動すべきかどうかは疑問ですが、この人ならば任せても、と思いこませる何かがありました。それが一部では演説のテクニックだったのかもしれませんが、一部には、話の中で見える「本気度」だったのだと思います。
ケネディ大統領や、オバマ大統領が、その演説を作るにあたって、相当な時間を費やしていた、という事実は、その人のすでにもっている力量以上に、そのメッセージを伝えることに対する情熱がポイントなのだろうと。
政治、大統領といったレベルとは大きく異なるけれども、日々の我々が直面する場であっても、それが活かされる場面はあります。広告だって、社内打ち合わせであっても。こちらは、より「テクニックよりも...」ということなのだろうと思います。顔を合わせているわけだしね。演説の解説書でそんなことを感じました。演説自体は読んでいてもテクニック的なものは別として、その場の(社会)環境が実感できない分、なんとなく「名文」という感じにすぎない、そんな印象を持ってしまいました...

【ことば】人間はストーリーが大好きな動物です...ストーリーという形式が、人間の記憶に残りやすく、心を動かすことを知っていたからです。

文字が発明される以前から、どの民族にも語り継がれてきた民話、神話が存在する。逆にこれらは、文字で読むよりも、「誰かが語ってくれた」という記憶も紐づいて、残る。だれでもストーリーテラーになれるわけだよね。その語り手に「伝えたい」という気持ちさえあれば。

あの演説はなぜ人を動かしたのか (PHP新書)

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