- 橋はかかる
- 発売日: 2010/06
[11/133]Library
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K-amazon ★★★★☆
猿回し芸の「太郎、次郎」。その村崎太郎さん。今から3年前2008年被差別部落出身であることを公表し、その3作目の本、ということ。本書にも書かれているが、あの「太郎」さんが書いた本であっても、新聞の書評を始め、マスコミ、あるいは大手書店ではほぼ紹介されていない本なのだろう。3冊とも、ね。知りませんでしたよ。彼が「カミングアウト」したことも、このような「日本の裏側」を書いた本が存在することも。自分にも正直この問題はよくわからない部分が多くあります。「部落」「同和」問題というのが、具体的に何を指していて、そしていつの時代の話なのか...恥ずかしながら考えてみたり調べてみたりしたこともありません。著者が本書で書かれているように、被差別側の団体がやや「糾弾」闘争集団的な勢いになっている時期があり(これ自体は、「正しい形にすべし」という本来の目的に向かうための手法なのだと思うが)、マスコミがこの話題について避けている、というポイントは少なからずあるだろう。それゆえ(だけではないけれども)情報の圧倒的な不足もあるが、この部落問題、具体的には、「就学差別」「就労差別」「結婚差別」という課題が未だに存在していることに、少なからず衝撃を受ける。無責任にも「過去の出来事」のような気がしていたからだ。著者の太郎さんと自分はそれほど離れていないから、ほぼ同世代にも、そのような苦労、というか、言われのない差別を受けている人がいるとは...
「向こう側」と「こちら側」という表現をされているが、この問題に真正面から向かう「当人」の太郎さんも勇気があってかっこいい。そして、その対岸から「橋」を受け止めている奥様も、目をそらすことなく立ちむかっている姿はかっこいい。この問題については、考えることすらできていない自分が、何を言っても軽々しく、そらぞらしく聞こえていまうので、今は何も言えない。こういう問題が「見えない」ところで存在している事実をどうとらえるべきなのか、正直戸惑っている。もっともっと過酷な想像を絶する世界が存在するのか。それを知るべきなのか、知らずに自分のできることだけに目を向けるべきなのか。はたしてその世界の中に入る機会ができた場合、自分はどのような態度をとるべきなのか、とれるのか。
著者が、思い切って声をあげてくれたことに、敬意を表します。そして自分のあるべき姿をも、改めて考えてみようかと思います。そのきっかけになりました。
【ことば】彼は、日本という国を愛して止まない...彼は日本を恨んでいません。
奥様の言葉ですが、これは私のような凡人の域を超えており正直理解できません。部落の問題はすなわち国も問題かと思われます。それを超えて日本を愛する...この本では猿回しの芸についてはあまり触れられていませんが、その「芸」を極めたのも、それを外国にも伝えたいという情熱も「日本への愛」から、なんでしょうか。日本という国に「橋をかける」...なんらか力になれないもんかなあ。
橋はかかる
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